『王家の紋章』と『天(そら)は赤い河のほとり』。
両者の間に横たわる因縁について、往年の少女漫画ファンならピンと来る方も多いのではないでしょうか。
現代に生きるアメリカ人と日本人の2人が、『王家』はエジプト王国に、『天河』はエジプトに敵対するヒッタイト帝国にタイムスリップし、それぞれの国を勝利に導くという対立構図についてです。
特に、『王家』に登場するヒッタイトの王子・イズミルは、アナトリアの神ではなくシュメールの女神イシュタルを信仰していますが、このイシュタルとは『天河』の主人公・ユーリ・イシュタルの事。
イズミルが愛の女神に誓う度に、『王家』と『天河』の比較が面白くなります。
今回は、知る人ぞ知る少女漫画界の隠れた歴史対決にスポットを当ててみましょう。
『王家』と『天河』~古代オリエントタイムスリップ対決
『王家』vs『天河』の人物相関図
引用元:Comee.net
まずは、『王家の紋章』と『天は赤い河のほとり』の時代設定と、それぞれの登場人物の関係性について纏めてみます。
『天河』は古代アナトリア(現在のトルコ)に栄えたヒッタイト帝国を舞台にしており、文書によって実在が確認されている歴史上の人物が登場する事から、紀元前(BC)1300年頃の時代だと分かります。
一方の『王家』は、13巻で「エジプト新王国時代」と明記され、またヒッタイトが滅んだ時代(紀元前1200年頃)の100年前と考古学に詳しいキャロルが解説している事から、同じく紀元前1300年頃と推測出来ますが、こちらは1000年以上前後する時代の国々がオールスター形式で登場する為、はっきりと時代を特定出来ません。
本稿では、首都がテーベに遷移している事、アメン神の信仰が復活している事などから、宗教改革の失敗から立ち直り、王朝が安定していた紀元前1300~1200年代として考察します。
時代設定としては、『天河』が前、『王家』が後の時代となるでしょうか。
『王家の紋章』の作中で現在、下エジプトに建設中の新都というのが、ペル・ラムセス(ラムセス市)の事だと判明すれば、ラムセス2世(BC1200年代のエジプト王)の治世として年代が特定出来そうです。
ここから『王家』と『天河』の人物関係を整理すると、
ヒッタイト
カイル(ムルシリ2世)&ユーリ → イズミル
エジプト
ラムセス(ラムセス1世) → メンフィス&キャロル
このような相関性が見えてきます。
『天河』の代ではエジプト王子がヒッタイト妃に横恋慕し、『王家』の代ではヒッタイト王子がエジプト妃に横恋慕するという、実にややこしい事に。
ヒッタイトでは、ムルシリ2世の子の代に首都をハットゥシャから遷移し、次の代で元に戻している為、イズミルはそれ以降の王子だと考えられます。
つまり、『天河』のカイルとユーリの間に生まれた可愛らしい子の1人が、『王家』ではキャロルに下心丸出しのスケベおじさんになった可能性がありまして…。
ううっ…知りたくなかったよ…。
また、カイルが持っていた風属性の魔法適性は、現代人と交わったせいなのか、イズミルの代では既に失われています。
もっともイズミルは魔女キルケーの怪しげな妖術に頼っており、ヒッタイトでは困った時の懐刀として後世でも魔法が使用されているようですが。
『天は赤い河のほとり』ユーリ・イシュタル
引用元:Comee.net
『天河』の主人公・鈴木夕梨(ユーリ)は、現代の日本に生まれた女子中学生。
生まれ持った運動神経を武器に、剣術・馬術を学び、軍神イシュタルとして愛馬アスランと共に戦場を駆け抜けます。
古代人と現代人が駆けっこすると、瞬発力では古代人に、スタミナでは現代人に分(ぶ)があるそうで、古代人は過酷な労働を全て手作業で行っていた為、上半身の骨格が優れていた半面、下半身の骨格は現代人より有意に細く、栄養状態の差もあって特に長距離走では勝負にならないだろう、と言われています。
体育が得意で栄養摂取も極めて良好だった成長期のユーリが、古代人の中に放り込まれると、周囲の雑兵と比べてさぞかし機敏だったでしょう。
また、ユーリは現代の日本で、自由・平等・博愛といった倫理観を当たり前の権利として学んでいる為、支配層に人権を虐げられる古代の一般の人々からの信望も厚く、イシュタルの冠名に相応しい振る舞いを行っていました。
ユーリの博愛精神は、民の安寧を理想とするエジプト王子・ラムセスからも目を付けられ、妻として迎え入れんとするエジプト側に何度も攫われます。
『王家』のイズミル王子といい、この時代の王子は他国の妃にちょっかいを出すのが流行っていたのでしょうか。
ムルシリ2世より後の時代は、実際にイシュタル神殿が保護され、歴代の王の信仰によって女神としての地位を向上させていったそうですから、死後も100年続いたユーリの威光は凄まじく、生前はどんだけ凄かったんだよと、同じ日本人として誇らしい気持ち(?)になります。
皆さんも異世界に召喚される機会があれば、ぜひ『天河』を参考にして下さい。
『王家の紋章』キャロル・リード
引用元:Comee.net
『王家』の主人公であるキャロル・リードは、21世紀のアメリカ生まれ。
彼女の武器は何と言っても、考古学の知識です。
その知識量は幅広く、自然濾過、製鉄、潜水法、植物学、歴史学、危険物取扱、地質学、真贋鑑定、毒性学、医学、測量と、もはや考古学ほぼ関係無いほど。
諸葛亮孔明なの?江戸川コナンなの?
あまりに知識が豊富すぎて、隣接する国々から誘拐・拉致・監禁されること20回。
政治や軍略にも長けると来れば、そりゃ狙われるでしょうよ。
『天河』のユーリは、運動神経が優れていると言っても現代の基準から見れば超人レベルだった訳ではなく、時代にたまたま適合したに過ぎません。
軍政改革によって職業兵士が生まれ、体を鍛える事が流行っていたギリシャ・ローマ時代(紀元前100年頃)に飛ばされていたら、何も出来ずに殺されていたでしょう。
それに対して『王家』のキャロルは、現代の基準から見ても知識が突出しており、どんな時代に飛ばされても、才能をいかんなく発揮したであろう事が容易に想像付きます。
『王家』と『天河』はストーリーに共通点は多くあれど、両者が目指すヒロイン像は全く異なり、ユーリにはただの女子中学生が皇妃の資質を得るまでの成長が、キャロルには持ち前の知識で絶体絶命の局面を鮮やかに解決する活躍が描かれる事で、それぞれの作品の面白さへと繋がっています。
展開が似ているのは序盤だけで、『王家』は次々と新しい敵を登場させてはキャロルを攫わせ、『天河』はユーリ自ら戦場に出て立身出世していきます。
『王家』は終わらない面白さ、
『天河』は終着点に向かって収束する面白さ、
と言い換える事が出来ますね。
前者はスーパーマリオ的で、後者は森本梢子の『アシガール』に似ている印象です。
同じタイムスリップものでも、作者の歴史解釈によってヒロインの立ち位置まで変わるというのが、『王家』と『天河』の比較から分かります。
両方を読んで異なる解釈を味わうのが、歴史好きの筆者がお勧めする楽しみ方です。
まとめ
『王家の紋章』と『天は赤い河のほとり』のタイムスリップ対決、いかがでしたか?
時代設定から比較されがちな両作ですが、共通点や異なる点を見つける事で、楽しみ方が2倍、3倍にもなります。
カイルの子孫がイズミルで、皇妃の復権と共にイシュタル神への信仰も復活させて、キャロルを執拗につけ狙うのも女性の社会的地位を認めているからで、~と次々に二次創作的な読み方が生まれ、同時に古代オリエントの知識も深まります。
引用元:Comee.net
『天河』の作者・篠原千絵氏は現在、オスマントルコ時代のアナトリア半島を舞台にした『夢の雫、黄金の鳥籠』を連載しており、そこではまた違ったヒロインが描かれています。
こちらもお勧めしたい作品です。
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引用元:Comee.net
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引用元:Comee.net
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