僕の30歳での転職を悩ませた漫画『エンゼルバンク』と『リアル』

僕の30歳での転職を悩ませた漫画『エンゼルバンク』と『リアル』
     

1982年生まれのサラリーマン。息子と娘の四人家族。
『あひるの空』の考察ブログ『あひるの空ヘビーローテーション+』(
http://blog.ahirunosora.net)
を趣味で執筆中。
ライター名の由来はそこから。
Comee mag.では『あひるの空』以外の漫画についてあれこれ書いています。

   

30歳で僕は人生で2度目の転職をした。

少しややこしいんだが、2度目と言っても、1度目は最初の会社の専務が独立をするというのでついて行った形の転職であり、30歳での転職が事実上初めての本格的な転職だった。

これからお話するのは実際にあった僕の物語である。
登場人物は、僕と同期、そして結局8年もの付き合いとなった社長。
漫画に始まり、漫画に終わった僕の転職物語。

転職をしようと思ってる人に読んでもらいたい漫画2作を紹介します。

社長に手渡された『エンゼルバンク』

転職のきっかけは、体の異変だった。

ベンチャー企業という名の零細企業で5名の社員数から始まった時は家族経営のようなものだった。
僕が辞める頃には20名ほどになっていたが、社員が増えたからといって仕事量が減ったわけでもなく、一人の抱える仕事は24時間があっても到底終わりの見えない仕事量を皆抱えていた。

友人には「お前の会社、ブラックだね」と言われていたが、その時の自分は「この会社をホワイトにしてやるんだ」という思いでシャカリキに働いていたので、そう言われることが逆に火に油を注ぎ、僕の仕事熱を上げていった。

ただ、ほぼ始発の電車で出社し、0時を過ぎて帰るのが当たり前になっていた頃、耳が聞こえにくくなったり、喉に違和感を覚えたり、視界が突然真っ黄色に染まったりしたこともあった。
この働き方は普通じゃないんだと体が正直に知らせてくれているようだった。

この時29歳。僕が転職を考え始めたのはこの頃である。

一般的な転職は、無職である期間を極力無くすため在職中に就職活動をして職を乗り換えるのがセオリーとされ、それまでは退職の意向も素振りも醸し出してはならないようだったが、僕が勤めていた会社は有給休暇取得もままならない会社だったので、今の仕事と並行して転職活動をしている余裕など僕にあるわけもなかった。
だから、僕はとりあえず今の仕事に区切りをつけ、一旦無職になる覚悟で就職活動をすることに決めた…

僕はそのことを同期に相談した。
これまたややこしい話なのだが、同期といっても前の会社の先輩で、一緒のタイミングで退職し、この会社に入社したから一応同期ということになる同期の先輩だ。

僕にとっては彼が一番の相談相手だった。
実はそれ以前にも彼に何度か「辞める」と口に出したことがあった。
成果を出さなければならないプレッシャーに何度も押しつぶされそうになっていたからだ。
結局は彼に引き止められ、「まだやれる!」と騙し騙しそれから何年も会社に残っていたのが現状だった。

しかし、今回は「本気なんです」と断固退職するんだという意思を彼に見せた。

すると、彼に相談して間もなく、社長から呼び出されることになった。物語はここから始まる。

社長:「辞めんの? なんで?」

社長の風貌を説明しておくと、「昔プロレスラーやってました」と言えば「やっぱりそうなんだ」と誰もが納得してしまう体格をしていて、喋りは関西弁。
とにかく、威圧の塊だった。

いや、ちょっと待ってくれ。そんな説明はどうでもいい。どうしてそれを…

その威圧の塊が「なんで?」と詰めてくる中、なぜそれを知っているのか考えるのに必死だった。
彼だ。同期だ。同期の先輩の彼しかいなかった。
「家族経営」だった頃からのメンバーなので創業期の5人はよく言えば風通しのいい仲だった。

その結果がこれだった。

僕:「体がもたないっす」

社長を納得させるような体裁のいい退職理由なんて全然用意してなかった。
とにかく体の異変も含めた退職の理由を社長に伝えるのが精一杯だった。

社長:「次 決まってんの?」

僕:「決まってないっす」

社長:「決まってないのに辞めんの?」

僕:「すみません…」

社長に僕の思いは通じたのかは分からなかった。
いや、全く通じていなかったと思う。僕ですら意表を突かれた退職の意思表示だったので。

社長は「持ち帰らせて」と言って、結局その日に結論が出ることはなかった。

そして数日後、社長からおもむろに「これ読んだことあるか?」と言われ、漫画を手渡された。
手渡されたといっても、1冊ポンっと渡されたのではなくて、4冊ドカっと、だ。
社長の体格からすればポンっと手渡した感覚かもしれないが、普通の人からにしてみれば4冊はドカっとだった。

何事かと思ったが、社長は普段から漫画や本を常に持ち歩く人で、その中のコレクションを僕に寄越したようだった。

僕はこの時初めて『エンゼルバンク』という漫画の存在を知った。

何か意味があって今僕にコレを寄越したのだろうかと状況が状況なだけに詮索するよりほかなかった。

ただ、少しでも貸しを作られても困るなと思った僕は、「もらっちゃっていいんですか?」と図々しくも借りるのではないという線引きをして、僕は『エンゼルバンク』を受け取ることにした。

帰りの電車の中、その日もボロボロに疲れながらも貰った『エンゼルバンク』が気になって手に取ってみた。
そして、裏表紙に目をやると、「転職とは人生のチューニング」という煽り文句が書かれており、『エンゼルバンク』が転職をテーマにした漫画であることがそこで初めて分かった。

2時間ほどの帰路で読み進めたが、元々読むのが遅い僕が読めたのはせいぜい4冊のうち1冊だった。
ただ、たった1巻を読んだだけだっただが、社長がどうしてこのタイミングで『エンゼルバンク』を手渡してきたのかが少し分かった気がした。

僕がとてつもなく衝撃を受けた『エンゼルバンク』の言葉


今の仕事に悩んでないか!? 転職を考えているなら……その時こそが人生の転機だ!!
龍山高校英語教師・井野真々子(いの・ままこ)は、転職代理人の海老沢康生(えびさわ・やすお)と出会った。
そして、彼の話にひかれ転職を決意。選んだ職業は、海老沢と同じく転職代理人!!
メディアに騙されるな、イメージに惑わされるな。これは社会人のための“ドラゴン桜”だ!

(C)三田紀房/講談社
引用元:Comee.net

 

『エンゼルバンク』の本筋は、

《人の価値は自分で決めるんじゃない、決めるのは相場だ。相場を知らずに勝手に転職するからうまくいかないんだ‼》

と、これも裏表紙に書かれているものだが、それが全てだ。
そして、社長が伝えたかった全てだった、のだと思う。

従業員に労働環境を盾にした退職理由を突き付けられて、「残ってくれ」とは言えなかったのだろう。
けれども、転職する時期は今ではないと僕に伝えたかったのだと思った。

『エンゼルバンク』1巻を読み終え、駅に着いた僕はまんまと会社に残るべきかまた揺らいでしまっていた。

 

人生金じゃないなんて言ってる人いますけど、金額の差を実際に見てもそんなこと言ってられますか

引用:三田紀房/講談社『エンゼルバンク』1巻43ページ

 

転職代理人の”海老沢康生”が転職の回数に応じて年収が下がる実情をセミナーで話す場面があった。
転職によって年収が下がる人の方が多いという話はどことなく聞いたことがある話だった。

しかし、こうしてまじまじと見せつけられると、妻と子どもを養っている僕の不安を駆り立てるのには十分だった。

そして、僕がとてつもなく衝撃を受けたのは海老沢の次の言葉だ。

転職に成功しても希望どおりとは限らない じゃあなんでなんでそんなに失敗をするのか? 企業名を横一列に並べて考えるからさ 決まんないよ 業務内容 企業業績 福利厚生 字で見たって……でもね 転職のストレスから早く逃れたいから無理に決めちゃう それでみんな失敗する

引用:三田紀房/講談社『エンゼルバンク』1巻82ページ

そして、転職を考えている”井野真々子”に海老沢は《残念ながら今のあなたのエンゼルの価値は”ゼロ”です》ときっぱりと言う。
だからまず自分の価値を上げるべきだと続くのだが、転職を題材にした漫画だと思っていたが『エンゼルバンク』は転職はするべきでないという切り口から始まることがあまりにも衝撃だった。

≪今持ってるキャリアの継続が一番≫だというのだ。
これは自分に置き換えざるをえなかった。
29歳の自分にある価値なんてたかが知れていた。

また、たしかに、僕が会社に残ってやれることはまだまだ沢山あった。
そうか、これを機に労働環境を僕が整えて、旗振りをすればいいんじゃないかとさえ考えは傾き、転職の決意は一瞬にして揺らいでいた。

僕はまんまと社長の術中にハマっていたのだろう。

『リアル』6巻に心揺さぶられる

ところが、僕の運命を決めたのは『リアル』だった。

運命という言葉をこれまで信じたことはなかったが、このタイミングで『リアル』が発売されたのはやはり運命だったのだと今だから思う。
『エンゼルバンク』を読んで転職の決意が揺らぎ始めた頃、ちょうど『リアル』の最新刊が発売され、年に1度の発行ペースだった『リアル』をまた復習のために1巻から持ち歩いて読んでいたのだ。

ピアニストで短距離走でも活躍していたが骨肉腫で右足を失い、車椅子バスケと出会った“戸川清春”。
バイクの事故から欠席が続き高校を中退した、元バスケ部のバスケットボールが大好きな“野宮朋美”。
トラックに轢かれ下半身不随になってしまった、野宮と同じバスケ部の元部長“高橋久信”。
3人を中心にそれぞれが困難と向き合いながらも前に進んでいく物語。 

引用元:Comee.net

 

そして、僕の復習は6巻まで進んでいた。

『リアル』の表紙は、その単行本の話の中心となる人物が描かれる。

6巻は”高橋”が描かれていた。
最新刊が発売される度に読み返しているから、12巻が発売されたこの頃には、既にこの6巻は少なくとも6回は読んでいる計算になる。
でも、僕の手は止まり、電車の中だったにもかかわらず涙ぐんだ。

そこにはこう書かれていた。

息子の成長を見逃してまでがむしゃらに働いたその仕事は僕でなくてはならなかったのだろうか? そうじゃない気がしている

引用:井上雄彦/集英社『リアル』6巻116ページ

高橋の父親が離婚して以来数年ぶりに会った息子に告げた言葉だが、僕が諭されている思いだった。

僕はその帰り、初めて妻に転職を考えていることを告げた。
妻は賛成でも反対でもなく「カズくん毎日できることが増えてるよ」とだけ言った。

「カズくん」とは僕のことではない、当時2歳の息子のことだ。

僕は普段息子の寝顔しか見たことがなかった。
休日は、息子と一緒に過ごしていたはずなのに、殆ど記憶に残っていない。
休日は平日に出し切った精気を取り戻すのに必死だった。
息子は気が付けばしゃべってて、気が付けば歩いていた。

自分は誰のために働いているんだろう。体を壊してまで働くことに意味があるのだろうか。

妻に言われた一言で、ハッとしたのを今でも覚えている。

僕の転職を決めた”高橋”の手紙

父さんぼくはレッグスルーができるようになりました。いつか 父さんに見てもらいたいです。そして またほめてもらいていです。だから…だから早く家に帰ってきてください。おねがいです。ずっとまってます。ずっとずっと… 久信

引用:井上雄彦/集英社6巻209ページ

『リアル』6巻は”高橋”の手紙で締めくくられる。
離婚してもう帰ってくることのない父親に向けての手紙だ。
自分の息子にこんなことを言われたら…と感情移入し過ぎて、もはや涙無くして読めなかった。

そして、僕は腹をくくった。「持ち帰らせてくれ」と言ったまま1ヶ月が経とうとしていた頃、僕は社長に「色々考えましたが、3月末で退職させて下さい」と改めて伝えた。
社長は、「ああ、そうか…残念やね」とだけ言うと、社長も腹をくくったのだろう、引継ぎの話になっていった。

それからの2か月は通常の業務に加えて引継ぎもあったりし、さらに過酷を極めたが、一番充実して仕事ができていた気がする。

そして、僕はこれまでのキャリアを捨てて転職をした。
キャリアのほとんどと言ってもいい。

別の業界へ転職をすることを決めた。

まとめ

転職して5年になった。

今では子どもと一緒に寝て、子どもと一緒に朝ごはんを食べて、一緒に家を出て、仕事から帰ってきたら夕食を家族で囲う生活を送っている。
あの頃とは雲泥の差の生活だ。

『エンゼルバンク』で言っていたように、たしかに年収はあの頃から百万以上ダウンした。
それでもお金に換えられない価値を今の生活に見出している。
と、強がるしかないというのが本音かもしれない。

が、後悔はない。

でも、もしあのまま会社に残っていたらと考えることはたまにある。
そこにも幸せがあったのだろうかと。

”高橋の父親”が言った言葉と、”海老沢”の言った言葉のどちらが正解なのか、はっきり言って僕には分からない。

どちらにも幸せになる道はあるとは思う。

もし、僕と同じように転職に悩んでいる人がいるならば、ぜひこの対照的な2作は読んでみてほしい。
そして、”海老沢”の言った言葉にも幸せがあるならば、僕に証明してみてほしいんだ。

 

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