クラマーってどういう意味? 『さよなら私のクラマー』が描く女子サッカー界の現状を考察

クラマーってどういう意味? 『さよなら私のクラマー』が描く女子サッカー界の現状を考察
     

サブカルクソ研究者。
英文学・言語学・メディア記号論を専攻。
新聞社を退職後、翻訳補助を通じて総合文化研究に携わるも、中の人がどオタクであった為に、研究対象は漫画、アニメ、ゲーム等に限られる。Twitter→@semiotics_labo

   

2018 FIFAワールドカップ ロシア大会が話題をさらう中、2019年のFIFA女子ワールドカップ フランス大会の開催も、あと1年となりました。

 

引用元:Comee.net

今回は『四月は君の嘘』で知られる新川直司氏の本格的な女子サッカー漫画、『さよなら私のクラマー』をご紹介します。

2011年のドイツW杯での奇跡の優勝から、2014年ロンドン五輪の銀メダル、2015年カナダW杯の準優勝と、栄光の階段を駆け上がってきたなでしこジャパンは、澤穂希という象徴的な存在を失った後、リオ五輪の出場権を逃し、再び転落したかのように見えました。
しかし、フランスW杯の最終予選・AFC女子アジア杯では、高倉監督の指導のもとで守備が大幅に改善し、5試合戦って失点はわずかに2、決勝戦ではリオ五輪最終予選で3点取られて敗れた因縁の相手・オーストラリアを無失点で抑え、なでしこの花を頂点に咲かせました。

一度は散りそうになった女子サッカーを立ち直らせた要因は何だったのか。
女子日本代表の不屈の精神はどこから生まれたのか。

『さよなら私のクラマー』は、リオ五輪最終予選での敗退が決まった2か月後、シドニー五輪で澤さんが残したのと同じ「女子サッカーが終わってしまう」という台詞から、物語がスタートします。

『さよなら私のクラマー』の表題の意味

クラマーって誰?

さて、この漫画の表題にある、「クラマー」ってどういう意味でしょうか。

 

引用:Wikipedia

往年のサッカーファンの方なら、この名前に聞き覚えがあるでしょう。
1964年の東京五輪男子サッカー日本代表のドイツ人コーチ、「日本サッカー界の父」と称されるデットマール・クラマー氏の事です。

NHK番組『その時歴史が動いた』でも特集され、メキシコ五輪銅メダル獲得の最大の立役者となったクラマー氏は、日本サッカーにコーチ制度を確立した人物でもあります。

『さよなら私のクラマー』では、クラマー氏の名前こそ出ないものの、クラマー氏の提言によって日本に設立された公認コーチのライセンスを持つプロの指導者役の登場人物が何人も登場し、台詞に説得力を持たせています。

従って、これらの登場人物が語るコーチング理論が、なぜ練習や試合の各シーンで適用されているのかを本当の意味で理解するには、

クラマーの表題がコーチ制度を作った人物の名前である

という事を知っておく必要があります。

最も分かりやすいのは5巻、蕨青南高校の”深津”監督の台詞ですね。

 

だがもっとも重要なことは、裾野を広げることだ。
その競技を支えるのは、その競技人口だ。
サッカー人口を増やすことが日本をサッカー大国たらしめる最短ルートだと思うけどね。

引用:新川直司/講談社『さよなら私のクラマー』5巻 76頁

 

この台詞はまさに、日本サッカー界の父が示し続けた提言そのもの。
競技人口の拡大はクラマー氏が日本サッカー協会に残した最大のテーマであり、同時に女子サッカーを取り巻く最大の課題なのです。

コーチの視点から見た女子サッカーの現状

クラマー氏のコーチング理論を作中の誰よりも深く理解しているはずの深津監督は、「女子サッカーに未来はあるのか?」と、プロを目指すにはあまりにも厳しい現状から、蕨青南の女子選手・ワラビーズの育成を諦め、読者に女子サッカーの現実を突きつける役でもあります。

面白い事に、元女子日本代表のレジェンドとして描かれるコーチ就任1年目の”能見奈緒子”は、深津監督の現実論を否定し、理想論を唱える役として、ワラビーズの指導に本気で当たっています。

 

「現実がわかってねーんだよ、理想論ばっか。
そんなもん語ったところで腹の足しにもなんねえ。」

「本当にひねくれてますね深津監督は。
言ってることもわかりますけどね。
―でも現実を見据えてサポートするのは、私達、指導者の役目。
理想論を説く人間にこそ、きっと人は付いてゆく。」

引用:新川直司/講談社『さよなら私のクラマー』2巻 111~112頁

 

実は能見コーチのこの台詞も、選手と身近に寄り添って寝食を共にし、日本文化を論理的に理解して指導に活かしたクラマー氏に通じているんですよね。

クラマー氏の「サッカーの理論」を深津監督に、「サッカーの精神」を能見コーチに当てはめると、口先ばかりで自分では何もしない日本のたるんだ指導者に、まるでクラマー氏が喝を入れているかのような物語構造である事が分かります。

クラマーという言葉が指導者に掛かっていると分かれば、後は簡単です。

すなわち、『さよなら私のクラマー』の表題は、

能見コーチ(女子サッカー)の視点から見た、

深津監督(男子サッカー)との決別である

と受け取る事が出来るでしょう。

深津監督からクラマーの教えを学んだワラビーズの女子選手が、いつしか現役時代の能見コーチのような観客を集められるプロ選手となり、しかも1人や2人ではなく何人も輩出して、男子サッカー(Jリーグの収益)におんぶに抱っこされている現状から巣立っていく、そんな意味が込められているように思います。

 

参照:
 中体連 加盟生徒数 (http://njpa.sakura.ne.jp/kamei.html)
  高体連 加盟登録状況 (http://www.zen-koutairen.com/f_regist.html)

 

冒頭で述べた、女子サッカーを立ち直らせた要因は、競技人口の増加にあります。
2011年の女子W杯の優勝以降、なでしこリーグは減収しましたが、中学・高校のユース世代の女子サッカー人口は確実に拡大してきました。

その裏では、選手を送り出してきた指導者の努力があったはずです。
女子サッカーの未来を切り開きたいという理想が、育成の受け皿となる環境を支え、世界で活躍する才能を決して腐らせる事なく、長谷川唯や市瀬菜々らをはじめとする若手の中心選手を、A代表まで押し上げたのです。

最も重要なのは、裾野を広げる事。

深津監督の台詞にあるクラマー氏の哲学に、コーチの視点から描かれる、女子サッカーのもう1つの戦いが見えてきます。

作者から見た「私のクラマー」

『さよなら私のクラマー』は、2016年5月6日から連載開始しています。
ここまで解説してきたように、作者・新川直司氏はクラマー氏のサッカー哲学に精通しており、漫画の中に組み込むほどの相当なフォロワーだったと推考出来ます。

 

引用元:Comee.net

作者は『さよならフットボール』というサッカー漫画の連載を2010年に終えていて、そこでは男子サッカー部に混じって練習する天才女子中学生の活躍を描いていました。

女子サッカーの競技人口は2010年から3538→5816人に増えていても、女子サッカー部のある中学は625→87校に減っています(高校は465→623校に増加)。
つまり女子選手は中学より以降、その大半が男子と一緒に練習する環境に放り込まれる為、そこでフィジカルの差を否が応にも思い知らされ、サッカーから離れてしまう子が多いのです。

『さよならフットボール』のさよならの意味も、やはり日本の女子サッカーが抱える「競技の裾野」が広がらない課題に直結しています。

日本のユース世代の育成環境に警鐘を鳴らし続けたデットマール・クラマー氏は、2015年9月17日に90歳で亡くなりました。

作者がもう一度女子サッカーの現状を描くに至った契機があったとすれば、『四月は君の嘘』の連載終了からおよそ半年後に届いた、クラマー氏の訃報だったのではないかと思えてなりません。

「私の」が作者で、さよならは個人的な追悼の意、とも取れます。

 

アスリートは孤独だよ。
でもひとりぼっちじゃない。
競い合う味方がいて、支え合う敵がいる。
日本中に、世界中に、みんな高め合う仲間だ。

引用:新川直司/講談社『さよなら私のクラマー』4巻 141頁

 

『さよなら私のクラマー』に登場する各高校の女子選手は、お互いがライバル同士でもありながら、女子サッカーの運命を背負った共同体でもあります。
ライバルを打倒していく男子サッカー漫画との大きな違いです。

なでしこジャパンのようなワイワイキャッキャした空気が特徴で、男子部の汗臭さが皆無、なのに内容は極めて論理的かつ誇張表現の無いサッカーを実践している、そんな作品です。

見どころは女子サッカーへの提言よりもむしろ、迫力のある試合描写にありますので、サッカーファンの読者の皆様には、是非とも手に取って読んでみる事をお勧めします。

まとめ

『さよなら私のクラマー』の表題の意味を、作中の指導者の台詞から考察しました。
日本サッカー界の父がこの国に残したコーチ制度は、今でもユース世代の育成環境を支え、教育の現場に根付いています。

ドイツ人コーチのクラマー氏が、日本人の「大和魂」を奮い立たせ、メキシコ五輪の奇跡を掴んでからちょうど50年、今年のロシアW杯でも、日本代表は不屈の精神でベスト16へと躍進しました。

次は女子サッカーの番です。
来年のフランスW杯での、なでしこジャパンの活躍に期待しましょう。

 

中学時代輝くことなく終わったウイング、周防(すおう)すみれは、ライバルである曽志崎緑(そしざき・みどり)から誘いを受ける。「一緒のチームに行こうよ、一人になんてさせないから」。そんな真摯な言葉に、周防が出した答えは……。たくさんの個性豊かな選手が集まり、今物語の幕が開く!!

引用元:Comee.net

 

 

体格に勝る男子と交じり、ひたむきにボールを追う。誰よりも理想のフットボールを求め、試合に出ることを渇望する少女、恩田希。14歳の少女の青春は、ある一人の少年との「再会」によって加速する――

引用元:Comee.net

 

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