死生観が変わるかも!?『死化粧師』は、愛する人との美しいお別れをするエンバーミングのお話。

死生観が変わるかも!?『死化粧師』は、愛する人との美しいお別れをするエンバーミングのお話。
     

大学卒業以降職を転々としたが、幼い頃から三度のメシより本が好きなことを思い出し、自分には物書きしかないと一念発起。
現在はフリーライターとしてひた走る。
漫画は少女漫画を中心にオールジャンル読むが、闇が深いものとミステリー要素があるものが考察しがいがあって好き。

   

「エンバーミング」という言葉を聞いたことがありますか?

エンバーミングとは、遺体に殺菌や修復などの処置を施し、出来るだけ生前に近い状態にする技法です。
遺体に手を加えるということで、誤解や偏見を受けることも多く、日本ではまだ広く知られているわけではありません。

しかし、今回ご紹介する『死化粧師』という漫画は、エンバーミングを、残された遺族に愛する人との美しい別れを提供するお手伝いをすることと捉え、遺族が死をどうやって乗り越えていくのかをテーマとした漫画です。

死生観について改めて考えさせられる作品です。

あらすじ

引用元:Comee.net

主人公の間宮心十郎(まみやしんじゅうろう)は、アメリカで資格を取ったエンバーマー。
日本に帰国した際は、エンバーミングは理解されず、設備を提供してくれる人もいませんでした。

しかし、偶然出会った神父の老人からエンバーミングについて賛同を受け「内部は好きにしてよいが、大切に守ってきた外観を一切変えない」という条件で教会を引き継ぎ、エンバーマーの活動の拠点とします。
1話完結の短編で構成され、エンバーミングを通して出会った遺族や故人の人生や死生観、人間関係を描いた作品です。

また、神父の孫である夏井アズキは心十郎にとって特別な存在です。
心十郎が長年悩み、苦しんできたことの答えを、初めから当たり前に持っている唯一無二の女性だからです。
心十郎は、教会の掃除をしてほしいなど、なにかと理由をつけてはアズキを呼び出し、側にいることを望みます。
しかし、仕事が忙しくすれ違いも多い上に、過去のトラウマから大切な人との関係が壊れることを恐れている心十郎は、自分の気持ちを打ち明けることができません。

人とのかかわり方を克服し、アズキとの関係がどうなっていくのかは、今後心十郎がどんなエンバーマーとなっていくのかに関わるこの作品の見どころです。

エンバーミングに対する間宮心十郎の思い

心十郎は、エンバーミングを、故人の尊厳を守り、遺族の悲しみを和らげるためのものと考えています。

例えば、事故や長年の療養生活で変色したり傷だらけになったりしてしまった顔や身体を接着剤でふさぎ、メイクで整え、切断された四肢は蝋で復元し、生前に近い状態にすることができます。
療養のために痩せこけた頬には薬品を注入してふっくらとさせて、病気になる以前の顔や体を再現することで、故人が元気だったころを遺族が思い出すきっかけになることもあります。

また、腐敗を防ぐために無菌状態とするため、お別れのキスをすることもできます。

若くして亡くなったプリマドンナのケース

結婚間近のプリマドンナの女性が交通事故で亡くなった際、新郎は美しかった彼女の顔や体の損傷がひどいことに絶望し、誰にも見せずにそのまま火葬に出すことを考えていました。
新郎も、彼女がもし生きていたら、知人に自分のそのような姿を見せたくないと思うだろうと考えたのかもしれません。

しかし、心十郎がエンバーミングを施したことで、「まるで生きているみたいに美しい」と言われるほど生前に近い美しさを取り戻し、お葬式で参列者に最後のお別れをすることができました。

彼女は、家庭の事情から子供の頃にはできなかったバレエを大人になってから始め、想像を絶する努力をして、やっと夢だった主演のオーロラ姫の役を掴んだばかりでした。
それを聞いた心十郎は、彼女が着たかったであろうオーロラ姫の衣装を着せ、プリマドンナのメイクを施しました。
足には花嫁が幸せになると言われている「サムシングブルー」のガーターベルトを巻いたことで、新郎には彼女の衣装が2人の念願であったウエディングドレスであったことも伝わりました。

新郎が棺に入った詩織に口づけをするシーンは、

「オーロラ姫に目覚めのキスをするデジレ王子のようにも、花嫁に口付ける新郎のようにも見えた」

引用:三原ミツカズ/祥伝社『死化粧師』1巻 42頁

とのことです。

心十郎は、この時のエンバーミングによって、故人への最大限の美しい最期と、遺族への別れの機会を提供しています。

結核の父親とその家族のケース

ある結核の入院患者は、幼い子供に伝染しないようにと、徹底して我が子には会わないようにしていました。
しかし、子供が寂しくないよう、心配しないように、ベッドから起き上がるのがやっとの状態でも病室の窓越しに顔を見せて明るく見えるように努め、常に窓越しに愛を伝えていました。
彼の子供は、父親がまた元気になって、存分に抱っこしてもらえることを望んでいましたが、残念ながら、生前に触れ合うことも叶いませんでした。

しかし、遺体にエンバーミングを施したことで、感染症で亡くなった患者とも触れ合うことができます。
心十郎は子供が父親をヒーローと信じていたことを知り、戦闘服であるスーツを着せ、子供が父親のために書いた絵を抱きしめた状態で棺に入れました。
子供は父親が自分の書いた絵を大事に抱きしめている姿を見たことで、会えなくても父親から愛されていることを理解します。母親と父親と、子供は、心置きなく3人で最後の時間を過ごすことができました。

心中した母親と幼い子供のケース

アメリカでインターンをしている際には、母親が子供を虐待し、自分も頭を拳銃で打って自殺した親子の遺体が運ばれてきました。
父親からの要望は母親のエンバーミングだけでしたが、心十郎は子供にもエンバーミングを施します。
せっかく生まれてきた子供がきれいな体で母親に抱かれたかったのではないかと思ったからです。

棺に入れられた妻が聖母のように子供を抱きしめているのを見た父親は、妻が追い詰められ、子供が酷い目にあっていたことを痛感し、家族のこんな幸せな姿を見たことがなかったと嘆きます。

誤解しあったまま、故人を嫌ったまま、最後の別れを迎える方も少なくないでしょうか?
エンバーミングは死者と遺族の最後の別れを修復してくれるきっかけにもなります。
家族と心から向き合うことのできた彼は、時間はかかるかもしれませんが、きっとまた前を向いて進んでいくことができるでしょう。

辛い最後を迎えることになったからといって、愛する人と過ごした幸せな日々が確かにあったことを忘れる理由にはなりません。
心十郎の考えるエンバーミングは、愛する人との最後の記憶が、決して辛く、忌避されるものにならないようにするためのものです。
悲しみをただ忘れるのではなく、残された遺族がその後の人生を生きていくために行うものなのです。

エンバーミングをしても全ての人が救われるわけではない

自分のエンバーミングは本当に望まれているのかという葛藤

エンバーミングは、決してモデルのように美しくするのが目的ではありません。
生きていた頃の雰囲気をなるべく残し、なるべく生前のままの愛する人とお別れの時間をつくるためのものです。
そのため、生前厳格だった人は厳しい表情にし、スポーツ好きで化粧の苦手な女性にはほぼすっぴんに近い状態で自然に仕上げます。
人からすれば欠点に思える部分があったとしても、家族や愛する人からみれば生前に近いその人らしい姿がもっとも美しいと考える方も多いのです。

しかし、その考えは全ての人を救う訳ではありません。
故人がありたかった姿と遺族が求める姿が乖離している場合もあります。

自分の顔を醜いと感じ、全身を美しく美容整形した女性が亡くなった際、両親は整形前の元の顔に戻すことを願い、心十郎にエンバーミングを依頼します。
たとえ美しくなくても自分たちにとっては可愛い娘であり、最期くらいは本来の姿で見送りたいという親心です。
エンバーミングは残された遺族のためのものですが、故人は本当にそれで良かったのでしょうか。

美しいまま見送られたかったのか、本当は本来の自分を見てもらうことを望んでいたのか……。
それは誰にもわかりません。

心十郎はエンバーミングを通して、自分が行なっていることが本当に故人や遺族のためになっているのか葛藤しながらも、エンバーマーとしての仕事を続けています。

自分だけでは救いきれない人が多すぎるというジレンマ

エンバーマーは災害や大きな事故のあった時に緊急時対策チームに参加して、遺体の処置をしなければならない義務があります。

心十郎も、死傷者1356人の列車脱線事故の際にチームの一員として関わりますが、エンバーミングが普及していない日本では、その時に集まったエンバーマーは、外国人も含めてわずか4人。近くにエンバーミングができる施設もなく、道具や設備も足りず、満足な処置を行うことはできませんでした。

遺体安置上で泣き叫んだり、呆然としながらも淡々と本人確認をしたりする遺族を見た心十郎は、自分がやった行為は少しの間腐敗を遅らせただけで、エンバーミングと呼べるものとは呼べず、故人のためにも遺族のためにもならなかったと嘆きます。

しかし、この出来事によって、心十郎は自分が日本にいる数少ないエンバーマーの1人だという自覚を持つこととなり、もっとたくさんの人を助けられないか、日本のエンバーミングの現状を変えていくことはできないのかということを考えるきっかけになりました。

アズキは心十郎のトラウマを癒すことが出来るのか?

心十郎がエンバーマーを目指すきっかけとなったのは、彼の父親もまたエンバーマーだったことに起因します。
しかし、父親との仲が良かったわけではありませんでした。
高校時代は、難病で寝たきりの母親を置いて仕事に奔走する父親を軽蔑し、母親が亡くなった時も側にいなかった父親のことも、エンバーマーという仕事のことも理解しようとはしませんでした。

父親は心十郎の前で母親にエンバーミングを施します。
しかし、それが病気がちだった母親の本来の美しい姿を心十郎に見せたいと願った母親の思いと、父親の愛であったことを心十郎はしばらく理解することができませんでした。

心十郎が医学部に進学した頃、父親が外国の戦場で亡くなったという連絡が入ります。
1人でも多くの遺体をエンバーミングしようとしたがために、父親は原型を留めない姿で亡くなったことで、いかに父親が人のために生きようとしてきたかを少しずつ知るようになり、父のこと、エンバーミングについて、そして愛について理解するためにエンバーマーを目指すようになりました。

しかしエンバーマーという仕事は遺族の悲しみや喪失感と全力で向き合わねばなりません。
そしていくら真摯に向き合ったところで、亡くなった人の体温を取り戻すことはできないのです。
心十郎はエンバーミングをするたびにその現実から逃れられず、自分の体温の低下を感じ、女性と過ごすことで一夜限りの温もりを求めてきました。

しかし、1番身近な存在のアズキには手を出すことは決してありません。
心十郎にとって1番大切な存在で、心十郎が何年かけても学べなかった「人そのものを愛すること」が自然と出来る唯一無二の女性だからです。
心十郎はアズキの温もりを心から求めながらも、決して失いたくないためにあえて深くは関わらないようにしています。
しかし、エンバーマー間宮心十郎を支えるにあたって、アズキの存在は不可欠です。
今後2人の関係がどうなっていくのかぜひ注目してみてください。

まとめ

『死化粧師』は、日本ではまだ珍しいエンバーミングを題材にした作品です。

今回ご紹介したストーリー以外にもエンバーミングを必要とする人は多く登場し、登場人物の数だけ、価値観や死生観が描かれるため、様々な考えに触れ、とても考えさせられる作品です。

愛する人との最高の別れを与える仕事をしてきた心十郎自身が、愛をつかむことができるのかどうかも見どころの1つ。
ぜひ読んでみてください。

 

エンバーミング【embalming】――それは、遺体に防腐、殺菌、修復などの処置を施し、生前の姿に近く戻す技術。死化粧師(エンバーマー)間宮心十郎は、その技術を駆使して、遺されたものたちの心までも癒していく。死と再生をめぐる感動の物語。

(C)三原ミツカズ/祥伝社
引用元:Comee.net

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