輝日姫と対馬の天道信仰 『アンゴルモア 元寇合戦記』の裏設定(ネタバレあり)

輝日姫と対馬の天道信仰 『アンゴルモア 元寇合戦記』の裏設定(ネタバレあり)
     

サブカルクソ研究者。
英文学・言語学・メディア記号論を専攻。
新聞社を退職後、翻訳補助を通じて総合文化研究に携わるも、中の人がどオタクであった為に、研究対象は漫画、アニメ、ゲーム等に限られる。Twitter→@semiotics_labo

   

 

引用元:Comee.net

1274年の文永の役(元寇)を描いた『アンゴルモア 元寇合戦記』。
対馬編の最終巻となる10巻が2018年8月25日に発売され、それを纏めたアニメも7月より放送が開始されました。

筆者は以前、長崎で歴史や文化に横断した研究に携わっておりました。
『奈緒子』『ばらかもん』『坂道のアポロン』など、長崎県が舞台となった作品は欠かさずチェックしてきましたが、この漫画は特に、我が国の歴史上で重要な分岐点となった元寇を題材に扱っている為、興味深く読んでいました。

 

この漫画、筆者にはとても気になる点があります。

安徳天皇が対馬に生き永らえており、

海幸彦という日本神話の神様が白鰐(サメ)の姿で登場

という作中の設定についてですね。
漫画にありがちな安直な描写だとは思えない。

なぜなら、対馬には

皇室と神道に深く関わる信仰が、地元の神社に伝えられている

からです。

今回は、対馬の天道信仰と日本神話の観点から、『アンゴルモア』の安徳帝が対馬に居る理由、および海幸彦の役割について考察してみます。

対馬の天道信仰

対馬に生き永らえていた天子様

まずは対馬がどういった場所なのかをおさらいしてきましょう。

 

引用:Korea_Straight_topographic_mapー Wikimedia Commons

 

対馬は、朝鮮半島と九州のちょうど間に位置する国境の島であり、古くより国防の最前線にあった場所です。

壱岐、対馬、韓国の済州島を含む対馬海峡の島々の一帯では、古来より海上他界信仰(浦島太郎の竜宮伝説の原型)が行われていたと考えられていますが、対馬にはもう1つ、中国大陸から伝来したとされる卜占術と、それに付随する道教を古層とした山岳・太陽信仰がありました。
この地はかつてシャーマン(祈祷師)が政治を行っていた場所であり、神事を執り行う神官を、巫女が生んだ男子の中から選出し、太陽から授かった天の使い(日子・ひこ)としていたそうです。
倭国王による朝鮮出兵が始まった3世紀頃から、交易を通じて中央政府との結び付きが強まると、663年の白村江の戦い以降は、律令制に基づいて伊豆・壱岐・対馬の亀卜(きぼく)に長けた一族(卜部)が朝廷の神祇官に任ぜられ、壱岐には天月神命、対馬には天日神命(あまてる様)が祀られます。

こうして対馬では、皇室の太陽神に読み替えた新しい太陽信仰が8世紀初期までに成立、後に日子の言い伝えは仏教と習合し、天道(天童)法師の伝説が生まれます。

 

引用:Kaijin_jinja_haiden_and_hondenーWikimedia Commons

 

そんな訳で、地元の神社には母子に関わる信仰が多く残されています。

対馬で最も社格の高い海神神社では、三韓征伐(新羅、高句麗、百済への出兵)を指揮した神功皇后とその胎子・応神天皇(母子神)を祭神としていましたが、明治時代になってから国家神道の下に再編成され、日本神話の海神である豊玉彦命(わだつみ)の娘・豊玉姫が対馬の神様となりました。
豊玉姫は、皇統譜において初代天皇の祖母とされ、またその妹・玉依姫もまた初代天皇の母とされますので、海洋信仰に連なり、母子神信仰にも連なる神様が、対馬の祭神として相応しかったのでしょう。

さて、本題の『アンゴルモア』にも、

子供の姿で登場した天子様

がいましたよね?

引用:Emperor_AntokuーWikimedia Commons

『アンゴルモア 元寇合戦記』では、壇ノ浦で入水したはずの安徳天皇が、対馬で生存していたという伝説が作中に採用されており、

 

壇ノ浦に沈んだのは実は皮籠の替え玉で、帝は一旦九州に落ち延びた後、対馬の久根田舎という地にかくまわれたというのである。壇ノ浦の合戦から八九年が経つ、存命ならば満九五歳である。

引用:たかぎ 七彦 /KADOKAWA/ 角川書店『アンゴルモア 元寇合戦記』4巻 173頁

 

との説明が付記されています。

そして95歳の高齢でありながら、入水時と同じ6歳の子供のままの姿で登場し、源九郎義経に与えた刀を見て懐かしむ、というシーンが挿入されていました。

一見すると作者・たかぎ七彦氏が創作した、いかにも取って付けた設定のように思えますが、実はこれ、対馬の天道信仰、および童神の伝説になぞらえてあるのです。
安徳天皇が対馬の霊山・白嶽の頂上で御所を構えていたのも、この場所がまさに山岳・太陽信仰の中心であった事に重なりますし、4巻176ページに神祇官が亀卜を行うシーンや、2巻44ページには「お天道様」に祈るシーンがありますので、狙って描写されたものと見てまず間違いありません。

 

ちなみに作者は関西出身の方だそうで。

なぜこんなに対馬の事に詳しいの…!

輝日姫と海幸彦の関係

引用元:Comee.net

となると、安徳天皇の曾孫に当たる皇女が、

輝日(てるひ)

と名付けられたのも、どうやら適当な命名では無さそうです。
何せ対馬の童神・天道法師を生んだ高貴な身分の母親の名前が

照日(てるひ)

ですからね。

 

竜宮城であの乙姫様と大乱痴気騒ぎってわけだ

引用:たかぎ 七彦 /KADOKAWA/ 角川書店『アンゴルモア 元寇合戦記』1巻 40頁

 

輝日”姫は初登場の際に、その美しさから竜宮城の乙姫様に例えられているのですが、対馬で「乙姫」と言えば、海神神社で祀られている母神・豊玉姫の事です。

 

 

豊玉姫は、竜宮伝説のモデルでもあります。

竜宮伝説は、東シナ海一帯の海洋民族に古くから伝わる海上他界信仰を原型としており、他界(常世)とは具体的には亡くなった祖霊の魂が眠る、死者の赴く世界とされています。
人は死んだら他界に渡り、童形(子供の姿)で戻ってくるという、紀元前3世紀頃の中国・山東半島の神仙思想に纏わる伝説が周辺の海洋民族に広まり、いつしかそれが海の神様として神格化されました。

「わだつみ」を漢字で書くと、

少童命

となるのも、神格化された海の神様が子供の姿をしているからです。

最も古い観念上では、天(あま・太陽)と海(あま)は区別される事なく、同じ水平線上の世界からやってくるとされていますので、それが伝わった対馬でも、海神神社の周辺の地域で、天童(太陽神)と少童命(海神)を合祀した石塔を海岸に建てる風習が現在まで残っています。

『アンゴルモア』の安徳天皇と輝日姫の関係は、対馬の祭神・豊玉彦命(少童命)と豊玉姫の親子関係を踏まえながら、壇ノ浦で生き延びた血脈が、輝日姫へと受け継がれている事を、強く意識させるメッセージになっているのです。

 

引用:De_juwelen_fontein-Rijksmuseum_RP-P-1958-374ーーWikimedia Commons

 

豊玉姫と言えば、日本神話において海幸彦と関係のある神様です。

海幸彦は、九州南部を支配した隼人(現在の鹿児島・宮崎)の祖神であり、対する朝廷は、九州北部の海洋民族の力を借りて隼人を攻めます。
これを神話化したのが海幸彦と山幸彦の伝説で、海神の娘・豊玉姫が皇祖神・火遠理命(ほおりのみこと・山幸彦)と結婚して海幸彦との戦いに協力する話は、海神を信仰していた海洋民族の首長が、朝廷と縁故関係を築いた事を示しています(諸説あります)。

『アンゴルモア』の作中で、白鰐の姿で現れる海幸彦は、蒙古軍が迫り来る対馬の地に、死の臭いを嗅ぎつけてやってきた常世からの使者であり、

死者を海の底の浄土(常世)へ案内する

という役割を担っています。

主人公の朽井迅三郎は、対馬の民の協力を得ながら、4日後に訪れる島民全滅の運命を共にし、一所懸命に戦います。

1巻
輝日姫に「あれは海幸彦にございます」と紹介される。
「今度の流人の皆様は歓迎されている(つまり死を待ち望んでいる)」と説明。

5巻
壇ノ浦の合戦後の回想シーンに登場。
海に没した平家の武者をパクリと食べるのを幼き安徳帝に目撃される。

9巻
対馬侵攻のクライマックスシーンで登場。
戦いに敗れて海に落ちた主人公に「ならば参れ」「楽になれ」と話しかける。

 

 

輝日が豊玉姫に重ねてあるとするなら、豊玉姫の夫・山幸彦のポジションに当たるのは、朽井迅三郎に他なりません。

対馬の祭神に纏わる神話をなぞるがごとく、外からやってきた来訪者(迅三郎)が、神(安徳天皇)の血を引く皇女(輝日)と結ばれ、己の死の運命と戦う物語構造となっており、生き残った2人が夫婦となり、子を成し、また血を繋いで、国造りの神々に代わって対馬を再興する所まで、この設定からは想像出来ます。

とても優れたお話だなあと、歴史マニアの筆者は思います。

 

 

引用元:Comee.net

この漫画は10巻で一区切りが付き、その内容が12話に纏められてアニメ化されましたが、アニメでは壇ノ浦の合戦後に現れた海幸彦の描写がカットされるなど、設定が伝わりきらない所があったかも知れません。

なので、原作を一度通して読まれる事をおすすめします。

10巻の後書きには、次巻より「博多編」開幕!! と予告されており、次は1巻に登場した九州の幕府軍を統括する大将軍・少弐景資の戦いが描かれていく事でしょう。
生き延びた者が勝つ一所懸命の戦い、今後も楽しみは尽きませんね。

まとめ

『アンゴルモア 元寇合戦記』の裏設定、いかがでしたか?
対馬の祭神に準えた優れた描写の数々は、対馬の魅力を余す所無く伝えるだけでなく、漫画本来の面白さに繋がっていると思います。

数ある歴史・軍記漫画の中でも、特におすすめしたい作品の1つです。
是非ご覧になって下さい。

 

中世ヨーロッパを席巻し、恐怖の大王=アンゴルモアの語源との説もあるモンゴル軍。1274年、彼らは遂に日本にやって来た!博多への針路に浮かぶ対馬。流人である鎌倉武士・朽井迅三郎は、ここで元軍と対峙する!

(C)Nanahiko TAKAGI 2015
引用元:Comee.net

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