大学関係者からも注目された衝撃作 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』

大学関係者からも注目された衝撃作 『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』
     

サブカルクソ研究者。
英文学・言語学・メディア記号論を専攻。
新聞社を退職後、翻訳補助を通じて総合文化研究に携わるも、中の人がどオタクであった為に、研究対象は漫画、アニメ、ゲーム等に限られる。Twitter→@semiotics_labo

   

 

2017年に大きな話題となった、『交通事故で頭を強打したらどうなるか』という実録漫画をご存知でしょうか?

 

 

19歳の時に交通事故で脳挫傷を負ったエクループ(大和ハジメ)氏が、後遺症と戦いながら、大学復学、そして就職し、事故で国から受け取った800万円を自力で稼ぐ目標を達成するまでの数年間を漫画にしたものです。
2016年7月31日に第1話が公開されると、その内容が徐々に口コミで広がり、12話公開後の2017年2月に一気に拡散され、サーバーが503エラー(閲覧制限)を起こすほどのアクセスを集めました。

実業家の堀江貴文さん、漫画家のカメントツさんら著名人もTwitterで反応し、ついには脳神経医や理学研究者からも注目されるに至るなど、高次脳機能障害の実態を下手な研究レポートよりも克明に伝えたこの漫画の見所を、今回はご紹介していきます。

実録漫画 『交通事故で頭を強打したらどうなるか』のご紹介

事故から36日後に意識が「目覚める」

この漫画の衝撃は、交通事故から1ヶ月ほどの間、作者は無意識下で食事や会話やリハビリを行っており、36日が経過した日に「元の意識が目覚めた」後、作者ご自身の無意識による一連の行動を客観的に描写した点にあります。

ご存知のように、人間の脳は大きく分けて

大脳新皮質
思考や判断力を司る
大脳辺縁系
情動・本能・記憶を司る

この2つがあります。

このうち、意識の覚醒は大脳辺縁系(脳幹)が、そこから進んだ認知は大脳皮質全体が担うとされており、雑な言い方をすれば、作者は脳挫傷から1か月間は大脳が眠っている状態にあって、36日目に認知機能が回復した=大脳が目覚めたという事になるでしょうか。

作者の体を無意識が動かしていた意識不明編(1~8話)は、朧気ながらに残っている記憶や、入院記録や人伝てに聞いた話を頼りに纏めたものだと思いますが、

「脳挫傷から〇〇日――未だ意識不明」

で振り返る、不随意運動や幼児退行など入院中の1か月間の出来事が、まるでご自身を観察するかのように描かれており、見舞いに来られた両親や友人ら第三者の視点も交えてある為、優れた実録漫画に仕上がっています。

 

本記事の筆者は、大学にて記号認知の研究を行っておりますが、この漫画は同じく認知研究に携わる大学関係者を大いにざわつかせました。
特に理学部では、意識障害の違いをこの漫画を使って説明したり、はたまた高次脳機能障害の症例として紹介したりと、講義や講演に積極的に引用され、その都度に驚きをもって受け止められていました。

それも、レポートとしての質の高さゆえだと思います。

作者を救った『ダイの大冒険』

「目覚め」の後の後遺症編(9~最終話)からは一転、作者の自己分析が加わり、脳挫傷およびその後遺症の恐ろしさが詳細に語られます。

無意識で行動していた1ヶ月、誰が体を動かしたのか?と自問し、

「私の中」に脳という器官が存在するのではない。
「脳」の一部の機能として私が存在するに過ぎないのだ。

引用:『交通事故で頭を強打したらどうなるか』9話 2頁

と自答する時の言葉に、その壮絶さが表れています。

作者が「私」だと思っていた意識は、脳にコントロールされていた一部の機能に過ぎず、それが脳挫傷によって脆くも崩れ去り、意識を取り戻したはずの「私」を喪失していく様子は、あまりにもリアル。

 

まるで脳から「別に生きなくていい」と命令されているかのようだったと当時の様子を述べる、死を意識し虚ろな状態に陥った作者を救ったのは、以下の漫画だったといいます。

 

引用元:Comee.net

三条陸・稲田浩司コンビによる名作、『ダイの大冒険』。

国民的RPG『ドラゴンクエスト』から派生し、週刊少年ジャンプで大人気を博した漫画であり、退院直後で目の状態が覚束なく、まだ字がよく見えなかったそうですが、夢中になっていた頃の記憶を頼りに読み始め、事故後に初めて涙を流し、「人間らしい感情が生まれた」のだそうです。

当方は脳科学の専門では無いのではっきりとは述べられませんが、この「記憶を頼りに読む」という行為は、認知機能の回復を手助けする現場では回想療法として役立てられていると聞いた事があります。
『ダイの大冒険』が、少年ジャンプによって共有化された少年時代の心を呼び覚ますというのは、なるほどと頷ける、然るべき処方であったかと思います。

私が断言出来るのは、回想の体験が描かれた第12話では、頭の中が晴れ上がり「世界に色が付いた」と語る作者の心境が、モノクロ漫画に実際に色を付ける事で表現されており、これが漫画として優れた表現方法であるという事でしょうか。

『交通事故で頭を強打したらどうなるか』は、作者ご自身の体験もさながら、伝える技術が卓越していたがゆえに幅広く支持を集めたのであり、漫画の内容から判断するに、交通事故に遭う以前の意識に元から批評眼が備わっていた事、それが事故後に漫画という媒体を選択した以降の創作活動にいかんなく発揮されている事、さらには血の滲むような努力の末に獲得した技術である事などがよく分かる、エッセイストとして健常者と何ら遜色の無い作品なのです。

実録漫画の制作へ

その後は、大学復学を経て就職、自動車損害賠償で国から受け取った800万円を自力で稼ぐ事を目標に接客業を続け、脳挫傷の事故から4000日後に目標を達成します。
認知機能回復のリハビリと捉えた仕事で一区切りを付けた作者は、交通事故の体験を描いた実録漫画の制作に取り掛かります。

反響はご覧の通り。

2017年のwebを媒体にしたエッセイ漫画では、永田カビ氏の『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』と並び、ネット上の話題をかっさらいました。

『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』が掲載された新都社の週刊ヤングVIPランキングでは、およそ1400以上の数ある作品を押しのけてこの漫画が21位に、総合でも7900作品中53位にランクイン。
ちなみにそれより上のヤング17位、総合43位に、エクループ氏の創作漫画『人間グラフ』があります(2014年完結)。
実録エッセイだけでなく創作でもこの活躍、ちょっと凄くないですか?

エクループ氏の漫画ストレージ「anbox」では、作者が制作した漫画作品を無料で閲覧する事が出来ます。

もともと、サイト名は「様々な作品を入れる箱」という意味を込められてつけられたとのことですが、この中に収められた10年分の創作作品群はある意味で実録作品であり、『交通事故で~』を読後に目を通せば、画力がみるみる向上していく様に驚く事でしょう。

人間誰しも、不意に訪れる交通事故でその後の人生を失う可能性があります。
この漫画は人生が後退した時の指標になってくれると思います。
読んだ後には衝撃の大きさに深い感動が伴い、前向きに生きる勇気をくれる、そんな漫画は他にはなかなか無いと思います。

是非とも読んでみて下さい。

まとめ

『交通事故で頭を強打したらどうなるか?』のご紹介、いかがでしたか?

筆者の私も、この漫画に勇気を貰った1人です。
この漫画のお勧めぶりが伝わったかどうかは分かりませんが、作者・エクループ氏に「有難う」が伝われば良いと思い、筆を取りました。

誠にささやかではありますが、こちらの記事が皆様の助力になる事を信じて、筆を置きたいと思います。

 

エクループ(大和ハジメ)

anbox

Twitter(@yakibt

 

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