『おおきく振りかぶって』が従来の野球漫画と異なる3つの点

『おおきく振りかぶって』が従来の野球漫画と異なる3つの点
     

サブカルクソ研究者。
英文学・言語学・メディア記号論を専攻。
新聞社を退職後、翻訳補助を通じて総合文化研究に携わるも、中の人がどオタクであった為に、研究対象は漫画、アニメ、ゲーム等に限られる。Twitter→@semiotics_labo

   

 

引用元:Comee.net

 

2017年7月に連載が再開され、今年11月に単行本30巻が発売された、ひぐちアサ氏の人気野球漫画『おおきく振りかぶって』。

第10回(2006年)手塚治虫文化賞・新生賞を、第31回(2007年)講談社漫画賞・一般部門を受賞し、多くの支持を集めたこの漫画は、「従来の野球漫画には無い斬新さ」があると評されています。

では、具体的にどんな所が新しかったのか?
今回は、『おお振り』の特徴を物語構造から解説し、他の野球漫画では見られなかった3つの点を挙げていきたいと思います。

『おおきく振りかぶって』の特徴

1. キャラの役割が入れ替わっている

『おおきく振りかぶって』の最大の特徴は、バッテリー間のプラスとマイナスを入れ替え、投手を「弱気」で「陰気に、捕手を「強気」で「短気に描いた点にあります。

こうする事で、従来の野球漫画が行っていた長所を誇張するキャラの抜き出しではなく、少女漫画的なコンプレックスを誇張する抜き出しとなり、投手・三橋廉(みはしれん)と捕手・阿部隆也(あべたかや)のお互いが抱えたトラウマに自然と注目が集まるよう、構造面からひっくり返しています。

作品の舞台となる西浦高校ではクリーンナップの役割も入れ替わっていて、センスは抜群だが体格に劣るNo.1打者・田島悠一郎(たじまゆういちろう)と、体格は勝るがセンスに劣るNo.2打者・花井梓(はないあずさ)といったように、お互いのコンプレックスの部分の誇張がなされ、そこに根差した心理描写が挟まれています。

『おお振り』の読み切り版の舞台だった武蔵野第一でも、成長の止まった細身の二番手投手・加具山直人(かぐやまなおと)と、故障のトラウマを引きずる絶対的エース・榛名元希(はるなもとき)のポジション争いが描かれていましたが、作者・ひぐちアサ氏は前の三作品でも心の傷を抱えた人々を描いており、こうした人間模様はお手の物。

少女漫画特有のコンプレックス表現を野球漫画に持ち込み、プロットの段階から組み入れる事で、これまでには無かった斬新さを生み出しているのです。

2. 劇的な展開が起きない

従来の野球漫画では、予め決められた試合の結末に向かって演出を用意し、劇的な展開になるように描かれるのが常道です。

 

引用:Comee.net

例えば、『ダイヤのA』夏の甲子園予選・西東京大会決勝では、青道高校の1点リードで迎えた9回裏2アウト、マウンドを託されていた主人公が、あと1人の重圧から稲城実業の打者の頭部に死球を与える、という演出がなされていますよね。

ここから逆転サヨナラ負けを喫し、甲子園を逃す結末に行き着きます。
まさしくメークドラマで読者の心を掴んでいます。

対する『おおきく振りかぶって』は、どでかい演出を用意せずとも、試合経過を積み重ねる事によって、描こうとする結末へと進んでいきます。

だから劇的な試合展開にはほぼなりません。
1球1球のやりとりで展開がどうなるかをちゃんと説明しているからです。

その説明が実に淡々としている為、特に負け試合の描き方がエグく、26巻の千朶(せんだ)戦では、力の差を自覚しながらじわじわ点差を広げられ、真綿で首を締めるかのような7回コールド負け。
かつて野球漫画で、1球1球のやりとりをジャブの打ち合いのように緻密に描いた作品は無く、どのパンチが有効打となったのか、どこで優勢判定が付いたのか、はっきりと分かるように描かれているのは『おお振り』が初めてでしょう。

『ROOKIES』だったら猫打ち(「にゃー」の掛け声で打球速度が上がる打法)やってくれよと謎パワーを発揮する所ですが、そんな演出が起きたのは心因性発熱によって主人公が鼻血を出した桐青戦のみ。
練習した通りの結果しか出ないのが『おお振り』の面白さであり、それゆえに負けた後の選手の成長が、従来の野球漫画以上に感じ取れると思います。

3. モブキャラを活用した人間関係

『おおきく振りかぶって』には、その他大勢のキャラ(モブキャラ)が数多く登場し、一部を除く全員に細かい家族構成が設定されています。

身長・体重、誕生日、血液型の設定くらいまでなら従来の野球漫画にもありましたが、家族構成までとはちょっと驚きです。
なおかつ、このうちの何人かは作中にも登場済で、父母会、兄弟姉妹、応援団、吹奏楽部、はたまた監督が飼っている犬まで、実に様々なキャラ設定の上に物語が成り立っています。

従来の野球漫画では、物語に関わらないモブキャラはせいぜい台詞ぐらいしか用意されず、明確な役割を与えられる事はありませんでした。
しかし『おお振り』はこのモブキャラにも、家族があって、生活があって、そこから滲み出るように台詞が出てくる事で、主要キャラの性格造形に大きな影響を与えています。
ロールプレイングゲーム(RPG)で言う所のオープンワールドと同じ、NPC(モブキャラの事)にも明確な役割が与えられている設計なのです。

西浦高校のキャプテン・花井がその典型例です。
彼の男らしくて頼りがいがあり、自身もそうなろうと努力をする真摯なキャラ設定が、女っぽい下の名前で呼ばれるのを気にする一面と、「監督 女ってありえねーだろ」の1巻の台詞にも繋がっており、この性格造形には、父母会の中心である彼の母親が大きく関わっています。

こうした設定の細かさが、前述したキャラの心理描写の機微に大きく影響している事は言うまでもありません。

まとめ

『おおきく振りかぶって』が、従来の野球漫画と異なる3つの点を纏めてみました。

選手の長所ではなくコンプレックスを誇張した心理描写、試合経過の描写によって不要にしたメークドラマ演出、その他大勢のキャラと主要キャラの関係性の構築、これら全てが噛み合う事で、『おお振り』は野球漫画に革命を起こしました。

最新30巻では、二度目となる崎玉との試合が行われています。
一度目の時の9~10巻の内容を振り返りながら読むと、試合経過や選手の心理描写、モブキャラおじさんの野次がとても面白くなるのでお勧めです。

 

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引用元:Comee.net

 

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