元漫画家・高橋えのぐが考える「漫画家になれる人、なれない人の違い」

元漫画家・高橋えのぐが考える「漫画家になれる人、なれない人の違い」
     

月刊誌で漫画を連載していた元漫画家で現よしもと芸人。よしもと漫画研究部の作画担当。

   

あなたは雑誌を読んでいて、「この漫画家、下手なのになんで雑誌に載ってるんだろう?」と思った事はないでしょうか?

答えは簡単です。
その漫画家は、絵は下手だけれど漫画は上手いんです。

ぶっちゃけ漫画家になるには絵はそれほど重要では無いのだと思います。
私がまさにそうです。

私は大学在学中、とある雑誌の漫画賞に応募しました。
今はまだマシになってますが、当時はそれこそゴミみたいな絵でした。
初めて触ったペンタブとソフトで2週間ちょっとの期間で描いた、落書きみたいな漫画でした。

 

結果入賞。

 

もう1度言います。

ゴミみたいな絵でした。

 

そんな私がなぜ漫画家になれたのでしょう?
それは私が、絵以外の、“漫画に必要な物”を知っていたからです。

この“必要な物”は膨大な数があって、当時漫画オタクだった私は、その中のいくつかに気づけていたので、それらを漫画に盛り込む事ができました。
この“必要な物”を知っているかいないかが、『漫画家になれる人となれない人の違い』だと思います。

漫画に必要な物とは?

今回、漫画好きな男性3人に、

キャラクターAキャラクターBに、新しく登場したCについて説明しているシーン(※Cは技でもキャラクターでもなんでもいい ※極力何も見ないで描く)』

というお題と条件で、オリジナル漫画を描いてもらいました。

しかし、それぞれの漫画には漫画に必要な“ある物”が足りていませんでした。

“情報”が足りない

 

ケース1の男性:「バトル漫画で、師匠が弟子に技の説明をしているシーン」

 

絵は気にしないでください。
精一杯描いてくれたんです。

…といっても少しわかりにくい箇所もあるかと思うので、構図そのままに描き直してみました。

 

 

少し見やすくなったと思いますが、それでもこの漫画は、重大な何かが足りないのです。

セリフが横書き?
それもありますが、ここで大事なのは、そういった形式的な事ではありません。

こちらの男性は、漫画の大前提、大原則、大ルールをわかっていませんでした。

台詞から察するに、BはCの技を一度見ています。
つまり、Cについての説明は、Bにではなく、読者に説明しなければならないのです。

そう、この漫画、『Cがどんな技なのか? 説明されてBはどう思ったのか? そもそもABはどこにいるのか? 』など、読者に伝える”情報”が圧倒的に足りないのです。
という事で描き直してみました。

 

 

・Aが一本指を立てている事で“何かを説明している”
・Cを繰り出すAを描く事で“Cは大きい岩を砕く衝撃波である”
・岩がある事で“ABが外にいる”
・Bの顔に汗を垂らす事で“Bは驚いている”

これらの情報が一目でわかるようになりました。
ここで2枚目と3枚目を見比べて見てください。
同じ人間が描いた絵でも、“漫画に必要な物”を描いているかいないかで大きな差が出るのです。

「でもそれって、画力が高くないと表現できないのでは?」
そんな疑問もあると思いますので、もう1人の男性のケースを見てみましょう。

“読者の代理人”が足りない

 

ケース2の男性:「バトル漫画で、師範代が主人公に敵の説明をしているシーン」

 

ケース1とシチュエーションは似ていますが、構図を少し凝らしています。
注釈を入れるとこういう事らしいです。

 

 

・説明している人を手前に置く
・敵をシルエットで描いて伏線をはる
・敵の凶暴性を現したカットを入れる

こうして見ると、ケース1で私が修正した漫画に構図が似ていますね。
そう、ケース2の男性は、なんとなく漫画のお約束を理解しています。

つまり、ケース1の男性は知らなかった、“情報が漫画に必要だ”という事に気づいているのです。

ただ、この漫画にも足りない物があります。
Bが画面に描かれていないんです。

説明を聞くBというキャラクターは、ケース1で説明した通り、読者の代理人です。
つまり、漫画家は、Bというキャラクターに、衝撃の事実には「なんだって!?」と驚かせ、難解な説明に「ちょ、ちょっと待て!わかりやすく説明してくれよ!」というリアクションをさせなければならないのです。
そうする事で読者が置いてきぼりになる事を防ぐんですね。

ケース2にBを描き加えるとこうなります。

 


この見るからに主人公っぽいキャラクターがBです。
師匠はケース1から使い回しました。

ここで私がBを登場させた理由は以下の通りです。

・Bを普通の少年にし、想定する読者層に感情移入させやすくした。
・1コマ目で読者の疑問を代弁させた。
・3コマ目で怯えさせ、敵を恐怖の対象だと読者に植え付けさせた。
これで読者はグッと物語に入り込める訳です。

ここまで、読んでくださった方にはもう伝わっていると思いますが、漫画家、めちゃくちゃ頭使います

“需要”が足りない

 

では最後に、Comee.magの記者であり、元少女漫画大好き芸人の田舎はるみさんにも描いていただきました!

 

 

セリフ長っっっっ!!!!
少女漫画風のコマを描いてくるのかと思いきや、まさかのH○luの宣伝でした。

 

 

しかももう一コマある。

アクが強すぎます。
完全に元芸人の悪いクセが出ています。

この漫画はどの雑誌で、誰に向けて描かれたのでしょうか…?

そう、この漫画に足りないのは“需要”です。
需要に合わせた漫画を供給しなければご飯も食べられないのです。
という訳で、少女漫画雑誌に載る事を想定して、読者のニーズに合わせて描き直してみました。

 


少女漫画読者が欲しいのはときめき。
そこで重要なのは“キャラクターの感情”そして“表情”です。

表情によって、
・Aは悪気があってやっている訳ではないこと
・BはAの事が好きな事
が読み取れると思います。

ちなみに1コマ目2コマ目まで男の子の表情を出さず、3コマ目で赤面をさせる事で、男の子の好きの気持ちを強調しました。
どうでしょうか?
H◯luのダイレクトマーケティングも、“漫画に必要な物”を知っていれば、少女漫画に早変わりです。

まとめ

いかがだったでしょうか?
極々一部ですが、“漫画に必要な物”の紹介でした。

これでも全然足りないくらいで、多分漫画界には、私の知らない“必要な物”が無数に存在するのだと思います。

今日紹介した“漫画に必要な物”、既に知っていた貴方は、漫画家の才能、あるかもしれませんよ?

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