『ピアノの森』の一ノ瀬海とフレデリック・ショパンには共通点があった 「解放」のキーワードが示すポーランドの音楽を解説

『ピアノの森』の一ノ瀬海とフレデリック・ショパンには共通点があった 「解放」のキーワードが示すポーランドの音楽を解説
     

サブカルクソ研究者。
英文学・言語学・メディア記号論を専攻。
新聞社を退職後、翻訳補助を通じて総合文化研究に携わるも、中の人がどオタクであった為に、研究対象は漫画、アニメ、ゲーム等に限られる。Twitter→@semiotics_labo

   

 

1998年~2015年まで講談社系の雑誌で連載され、2018年からNHK総合でアニメ化された、一色まことの代表作『ピアノの森 -The perfect world of KAI-』。

森のピアノと出会った少年・一ノ瀬海が、天才ピアニストとして成長を遂げ、若手の登竜門であるクラシック三大コンクールの1つ、ショパン国際ピアノコンクールに挑戦する様子が描かれます。

 

この漫画では、

「解放」「解き放つ」

というキーワードが何度も出てきます。

 

これは過酷な境遇で育った一ノ瀬少年を自由へと解放する、という意味に留まらず、フレデリック・ショパンの生涯とポーランドの国民性、そしてピアノという楽器にも深く関わっています。

『ピアノの森』がなぜショパンを題材に選んだのか、詳しく解説していきましょう。

『ピアノの森』の音楽表現

「解放」のキーワード

引用元:Comee.net

『ピアノの森』のキーワードは「解放」。

カイのピアノが本領を発揮する24巻では他にも、

「抜け出す」
「どこまでも行ける」
「自由になれる」

など、同様の意味の台詞が繰り返されていますね。

漫画の音楽表現は、『BLUE GIANT』1巻の後書きで、作者と編集が「紙から音が出ないって…知ってる?」と顔を合わせて大笑いするほど難しいもの。
『ピアノの森』では、カイが生まれ育った森の情景描写によって読者に音を伝えようとしており、全26巻のうちの7巻までを、森のピアノのエピソードに費やす事で、幻想的な森の情景を思い出せるように力を入れています。

さらにカイのピアノの原点である「森」は、色街通りである通称「森の端」とセットになっていて、幻想的な情景とは真逆の、高架下の長屋に娼婦の店が軒を連ね、元請けのヤクザがそれを束ねる最底辺の場所として描かれているのもお分かりでしょう。

カイの母親・一ノ瀬怜子もそこで淫売を行っており、

逃げちゃおかぁ、もうやだこんなとこ…。
森の端なんか大嫌い。

引用元:『ピアノの森』3巻 151頁

 

どうせレイちゃんは森の端から逃げ出せない。
そして俺もきっと多分…森のピアノから離れられない。

引用元:『ピアノの森』3巻 158~159頁

と、一ノ瀬親子が束縛された境遇からは逃れられない事を、掃き溜めのような森の端の情景と一緒に伝えています。

「解放」のキーワードは、音楽的な心の解放を表すのと同時に、カイの美しいピアノを縛り付ける森の端からの解放を意味し、これは作中でカイに深く関わるピアノの詩人・ショパンが生まれた、19世紀のポーランドにそっくりそのまま当てはまるのです。

 

 

引用:Wikipedia

フレデリック・ショパンは、1810年、分割占領時代のポーランドに生まれます。

首都ワルシャワは1795~1815年のわずか20年ほどの間に、プロイセン(ドイツ)→フランス→ロシアと領地をたらい回しにされ、ポーランドは民族の独自性を大国に踏みにじられてきました。

ショパンが5歳の頃、ワルシャワはロシア帝国の一部になりました。
不幸にもこの頃のロシア音楽は、専制君主が誕生した影響で官製化されており、音楽家の多くは宮廷に召し抱えられ、貴族の為に作曲されていました。
ロシアからの独立の機運が高まる中、病弱だったショパンは独立戦争に参加出来なかった代わりに、ポーランド民謡に伝わる3拍子のリズムを取り入れたピアノ曲『マズルカ』『ポロネーズ』を作り、祖国の解放を訴えます。

また、ショパンは生涯ピアノにこだわり続けた人でもあります。
作品のほぼ全てがピアノ曲用に作られていて、なおかつ宮廷向けの様式に縛られたハイドンやモーツァルトの時代の音楽とは一線を画しました。

ショパンは宮廷よりもサロンでの演奏を好み、どこまでも自由であり続けました。
『ピアノの森』の音楽表現はショパンの生涯をなぞっているかのようで、生まれた境遇に翻弄された続けた人生が、ピアノによって自由を獲得し解放されていく、カイとショパンにはそんな共通点があります。

アニメ版の音の表現が凄すぎる

 

NHKアニメ『ピアノの森』の音の表現にも注目すると、面白い事が分かります。

 

『弱虫ペダル』では、劇中劇『ラブヒメ』のオープニングソングがアニメ化に伴って音が付き、曲のテンポ数(178bpm)が主人公のペダリング数(180rpm)と一致している事を、音だけで伝えていました。

また『坂道のアポロン』では、文化祭の演奏で祭囃子のリズムでドラムを叩く「祭りジャズ」を、原作漫画では回想シーンを挟む事で表現していましたが、アニメでは3分31秒間の演奏の途中に祭囃子を入れる事で、やはり音だけで表現していました。

 

『ピアノの森』のアニメ版では、原作漫画で台詞によって説明していた各国のピアニストの音楽的特性を、何と音だけで伝えているのです。

カイの師匠・阿字野壮介は左手のタッチに引っ掛かりがある
完璧が持ち味の”雨宮修平”はコンクール2次審査でミスをする
ポーランドの新星・レフ・シマノフスキはポーランド的

などなど、音で聞いたら分かるレベルにまでちゃんと吹き込まれています。
驚きを通り越して感動すら覚えますね。

 

特に驚いたのがレフ・シマノフスキ
原作148話『ショパンの遺書』で説明された通り、ショパンの直筆の楽譜には何種類もの修正稿が存在し、そこから生み出された様々な解釈によって、どれが本当のショパンなのか誰にも分からなくなっています。

ですが、シマノフスキはそのうちの「原典版」と呼ばれる楽譜に沿って演奏している事が、アニメ版の音で確認出来ました。

なるほど、確かにこれはポーランド的。
1次で落とされた同じポーランド人のカロル・アダムスキは、原典版とは異なる解釈の楽譜を用いている(ショパン自身が異なる記譜をしている)ようだったので、シマノフスキがショパンコンクールで評価されたのには物凄く説得力があります。

いや、アニメ作品でここまでやるかって感じですね。
『坂道のアポロン』にも驚きましたけど、『ピアノの森は』それを凌駕していました。

アニメ版で実際に音を聞いてから原作漫画を読むと、原作がいかにショパンを大事に扱っているかが分かるので、一ノ瀬海とショパンの共通点を探しながら読み返すのも格別かも知れませんね。

まとめ

『ピアノの森』の音楽表現、いかがでしたか?
この漫画は筆者が読んできた音楽漫画の中でも群を抜いており、中でもカイのピアノを「解放」のキーワードに込め、ショパンの境遇と重ねた点は見事としか言いようがありません。

26巻では感動の結末が待っていますので、一度は目を通される事をお勧めします。

 

森のピアノは、その少年を待っていた――。捨て去られたピアノ。壊れて音の出ないピアノ。いま、ひとりの少年の選ばれた指が、失われた音を呼び覚ます。少年の名は一ノ瀬海(いちのせかい)。彼は心に深く豊かな森を抱えていた。

引用元:Comee.net

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